自分で考えるチャンスを奪わない

お子様をお持ちの方は我が子に良い人生を歩んで欲しいと思うのが本能と言うものですが、

そう思うあまりなのか、「個性を生きさせない」子育ては後を経ちません(^◇^;)

これがなぜかは遡ると戦後のGHQの思想(策略)が根強く残っていると言う説が有力です。つまりは「上からの言いつけをいかに守るか」「言いつけを守る事で評価を得たい」と言う思考が基本となった子育てが今日確立していると言う図が見えてくるのです。

個人的には結構悲しい歴史上のお話です😢が、もう歴史上のお話なので😁 我が3人の子どもたちに対して「個性を生き抜く」と言うチャンスは奪わない様にしたいなと思います。

話は少し変わりまして、「共依存」と言う言葉があります。これはカウンセラーの中ではよく使われる言葉で「相談者の方と共依存にならない様に気を付ける」と言う意識を持つ事はカウンセラーにとっては基本の「き」なのですが、ちょっとした事から共依存って生まれてしまうのです。

サドベリースクールスタッフをしていても「共依存」には気を付けなければいけません。

つまり「相手の考えるチャンスを奪う」と途端に共依存関係の成立です。

例えば、サドベリースクールに初めて来るお子さんは最初は「何をすれば良いのか分からない」と言った感じです。

それに対して「ゲームやりな」とか具体的な事を伝えては自らの考えるチャンスは無くなります。大人のエネルギーは子どもの思考力を簡単に奪えるくらい大きなものなのです。

スクールスタッフからは、「ここの部屋にはこれがあるよ。今スクールにあるものはこれだよ。欲しい物ややりたい事は会議で話すから提案してね。」

と、伝えています。

そもそも最初っから「やる事が見つけられない」と言う事は悪い事ではありません。とても自然な反応です。やる事がなかなか見つからないのをスタッフなどのせいにしたり、人を頼ったりしても相手を困らせるだけですね(^◇^;)

もっとわかりやすく言いますと、「スクールでやる事がわからない」と聞いて大人が何とかしてあげようとあれこれ動くとお子さんの思考を奪い、個性を生きる事からは遠ざかる対応なのです。家庭でも同じですね。

「やる事が無いからスクールを休めば良い、辞めれば良い」と言うのもまた少し違うと私は思います。

スクールには「会議」があります。この会議こそ「自分の個性を生きるにはどうすれば良いのか」を考えて、人に伝える場なのです。

「やる事がない」と言うのを自分の責任と捉え、「これをしたいからこれを買うのはどうかな?」「みんなでこんな事をしてみたい」「個人的にこれをやりたい」などと会議で発言する。ここに辿り着けばもう人として一人前ですね!

伊豆サドベリースクールの生徒さんを見ていると6歳の子はこれができます😊

更に言うと入学して1ヶ月後にはどんどん「自分のやりたい事」をスタッフや会議で発言していました。

逆に10歳すぎると「なかなか言い出せない」なんて子もいます。「自分で考える」力がうもれているなぁなんて感じがします。

なかなか言い出せない時期はそのうち過ぎ去るので、そうなるまでスクールには来て、なんとなくでも会議に参加すれば色々見えてくるものもあります。

 

とは言え、大人も一緒ですw 大人同士のやりとりだって「考える力」 を奪い合っては、「自分で考えない」大人が後を経ちません。

  • 高校行きたい時はどうすれば良いんですか?
  • 習い事は何をしたら良いですか?
  • スクール会議で決定した事が不満だと言っています。
  • スクールに行きたくないと言っています。

↑これらは全て大人の方からの質問です。

ついつい答えてしまったこともありますが、安易にお答えした事を後悔しています。

「どうしたいか自分で考えてくださいね(^^)」

こう答えるべきでしたね😌。

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